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人は死後も生き続ける 霊界で

霊界について読めるサイトを紹介します。


ブルーアイランド
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/blue-island.html#1章

ブルーアイランドより一部転載

ブルーアイランドに到着した時の最初の印象と体験について述べてみたいと思います。ただ、これから述べる体験が、沈没後どれくらい経ってからのことなのかは、感覚的にはよく分からないのです。 
  私には2人の案内役が付き添ってくれました。地上時代の友人と、もう一人は実の父親でした。父は私と生活を共にし、援助と案内の役をしてくれました。なんだか私には、外国に来て親しい仲間と出会ったような感じで、死後の再会という感じはしませんでした。 先ほど体験した忌まわしいシーンは、もう遠い過去へ押しやられていました。死の真相がわかってしまうと、そういう体験の怖さもどこかへ消えてしまったのです。つい昨夜のことなのに、まるで50年も前のことのように思えました。お陰でこの新しい土地での楽しさが、地上に残した者との別れの悲しさによって半減されるということにはなりませんでした。
  タイタニック号の犠牲者全員がそうだとは申しません。かなりの人々が不幸な状態に置かれたでしょう。が、それも、2つの世界の関係について何の知識も持ってなかったからにほかなりません。それを知っていた私のような者にとっては、旅行先に到着して便りを書く前に、「ちょっとそこいらを散歩してくるか」といった気楽な気分でした。

  父と私、そして友人の3人で、さっそく見物に出掛けました。その時ふと気づいたのですが、私は地上時代のお気に入りの普段着を身につけておりました。いったいどうやって地上から持ち運んだのだろうかと、不思議でなりませんでした。
  そういえば父も、地上で私が見慣れていた服装をしておりました。何もかもが、そして見かけるすべての人が、ごく自然で、まるで地上とそっくりなのです。
  もう一つ、私にとって印象深かったのは、その土地全体が青みがかっていることでした。英国は「緑がかった灰色」とでも表現できるでしょうか。しかし、この土地は文句なしにブルーなのです。明るい濃いブルーです。住民や住居や樹木までがブルーだという意味ではありませんが、全体から発せられる印象が「ブルーの国」なのです。
  そのことを父に訊ねてみました。余談ですが、父は地上にいた時よりも動作がきびきびしていいて、若返って見えます。父子というよりは兄弟のような感じすらしました。
  父は私の質問に対して、「この界層を包む光の中にブルーの光線が多く含まれているためにそう見えるのであって、ここは精神的な回復を得るのに絶好の土地なのだ」という説明をしました。
  このように、死の直後の世界は、地上界を申し分のない状態にしたものにすぎないと考えてください。

■訳者注――このブルーアイランドは“中間境”とでもいうべき界層で、ここを卒業して“本土”というべき界層に入っていくと、地上とは比較にならないほど活発な活動の世界が待っている、というのが、信頼のおける霊界通信が一致して述べているところである。そうなると地上との縁が薄れるのかというと決してそうではなく、むしろ上層界にも下層界にも通じるようになるという。
  そういうわけで、かつて地上で縁故のあった人間が他界する時は、すぐにそれを察知して、その中間境まで出迎えに降りてきてくれる。それは懐かしいからという要素もないわけではないが、死んだことを自覚させる目的も兼ね備えているので、一見してそれと知れるように、死んだときの風貌や服装を身につけているのが通例である。が、用事が済むとそれぞれが本来所属している場所へと帰っていく。
  そうした霊にとって残念なのは、せっかく出迎えてやっても、本人が地上的なしがらみや間違った信仰、極度の悲しみや憎しみを抱いたりしていると、その存在に気づいてくれないことだという。その種の人間が、いわゆる“地縛霊”となって、地上の縁ある人たちに良からぬ影響を及ぼすことになるのである。

  当時私がいたところには海もありました。その海岸に沿って3人で散歩したこともありました。右手には大きな建造物があり、左手に海がありました。とても穏やかな景勝地でした。
  霊界というと、非現実的で夢のような世界を想像なさるに違いありません。が、そうではなく、みなさんが外国に行くのとまったく同じなのです。地上と同じように実体があるのです。おまけに、比較にならないくらい興味のつきない世界です。
  やがて私たちは大きなドームのような建物の前に来ました。中を覗いてみると、ここも素敵なブルーで彩られていました。地上で見かける建物と変わらないのですが、その美しさが違うのです。
  そこにしばらく滞在して、それから軽い食事を取りました。私が地上でよく食べていたものに似ている感じがしました。ただし、肉類は見当たりませんでした。
  奇異に思えたのは、食事は必ずしも取る必要がないように思えたことです。目の前に置いてあるのですが、どうやらそれは必要性からではなくて、地上の習慣の名残にすぎなかったようです。
(転載終了

小桜姫物語
http://www.aozora.gr.jp/cards/001034/files/4823_48720.html

小桜姫物語より一部転載

竜宮街道

 しばらく湖水こすいの畔へりを伝つたって歩あるいて居いる中うちに、山やまがだんだん低ひくくなり、やがて湖水こすいが尽つきると共ともに山やまも尽つきて、広々ひろびろとした、少すこしうねりのある、明あかるい野原のはらにさしかかりました。私達わたくしたちはその野原のはらを貫つらぬく細道ほそみちをどこまでもどこまでも先さきへ急いそぎました。

 やがて前面ぜんめんに、やや小高こだかい砂丘すなやまの斜面しゃめんが現あらわれ、道みちはその頂辺てっぺんの所ところに登のぼって行ゆきます。『何なにやら由井ゆいヶ浜はまらしい景色けしきである……。』私わたくしはそんなことを考かんがえながら、格別かくべつ険けわしくもないその砂丘すなやまを登のぼりつめましたが、さてそこから前面ぜんめんを見渡みわたした時ときに、私わたくしはあまりの絶景ぜっけいに覚おぼえずはっと気息いきづまりました。砂丘すなやまのすぐ真下ましたが、えも言いわれぬ美うつくしい一ひとツの入江いりえになっているのではありませぬか!

 刷毛はけで刷はいたような弓ゆみなりになった広ひろい浜はま……のたりのたりと音おともなく岸辺きしべに寄よせる真青まっさおな海うみの水みず……薄絹うすぎぬを拡ひろげたような、はてしもなくつづく浅霞あさかすみ……水みずと空そらとの融とけ合あうあたりにほのぼのと浮うく遠山とおやまの影かげ……それはさながら一幅ぷくの絵巻物えまきものをくりひろげたような、実じつに何なんとも言いえぬ絶景ぜっけいでございました。

 明あけても暮くれても、眼めに入いるものはただ山やまばかり、ひたすら修行しゅぎょう三昧ざんまいに永ながい歳月としつきを送おくった私わたくしでございますから、尚更なおさらこの海うみの景色けしきが気きに入いったのでございましょう、しばらくの間あいだ私わたくしは全まったくすべてを打忘うちわすれて、砂丘すなやまの上うえに立たち尽つくして、つくづくと見惚みとれて了しまったのでございました。
『どうじゃ、なかなかの良よい眺ながめであろうが……。』

 そう言いわれて私わたくしはやっと自分じぶんに戻もどりました。
『お爺じいさま、わたくし、こんななごやかな、良よい景色けしきは、まだ一度ども見みたためしがございませぬ……。ここは何なんと申もうすところでございますか?』
『これが竜宮界りゅうぐうかいの入口いりぐちなのじゃ。ここから竜宮りゅうぐうはそう遠とおくない……。』

『竜宮りゅうぐうは矢張やはり海うみの底そこにあるのでございますか?』
『イヤイヤあれは例れいによりて人間にんげんどもの勝手かってな仮構事つくりごとじゃ。乙姫様おとひめさまは決けっして魚族さかなの親戚みうちでもなければ又また人魚にんぎょの叔母様おばさまでもない……。が、もともと竜宮りゅうぐうは理想りそうの別世界べっせかいなのであるから、造つくろうと思おもえば海うみの底そこにでも、又またその他ほかの何処どこにでも造つくれる。そこが現世げんせの造つくりつけの世界せかいと大たいへんに異ちがう点てんじゃ……。』
『左様さようでございますか……。』

 何なにやらよくは腑ふに落おち兼かねましたが、私わたくしはそう御返答ごへんじするより外ほかに致方いたしかたがないのでした。

『さて』とお爺じいさんは、しばらく経たってから、いと真面目まじめな面持おももちで語かたり出いでました。『俺わしの役目やくめはここまで汝そちを案内あんないすればそれで済すんだので、これから先さきは汝そち一人ひとりで行ゆくのじゃ。あれ、あの入江いりえのほとりから、少すこし左ひだりに外それたところに見みゆる真平まったいらな街道かいどう、あれをどこまでもどこまでも辿たどって行ゆけば、その突つき当あたりがつまり竜宮りゅうぐうで、道みちを間違まちがいえるような心配しんぱいは少すこしもな

い……。又また竜宮りゅうぐうへ行いってからは、どなたにお目めにかかるか知しれぬが、何いずれにしても、ただ先方せんぽうのお話はなしを伺うかがう丈だけでは面白おもしろうない。気きのついたこと、腑ふに落おちぬことは、少すこしの遠慮えんりょもなく、どしどしお訊たずねせんければ駄目だめであるぞ。すべて神界しんかいの掟おきてとして、こちらの求もとめる丈だけしか教おしえられぬものじゃ。で、何事なにごとも油断ゆだんなく、よくよく心こころの眼まなこを開あけて、乙姫様おとひめさまから愛想あいそをつかされることのないよう心懸こころがけてもらいたい……。では俺わしはこれで帰かえりますぞ……。』

 そう言いって、つと立たち上あがったかと思おもうと、もうお爺じいさんの姿すがたはどこにも見みえませんでした。

 例れいによりてその飽気あっけなさ加減かげんと言いったらありません。私わたくしはちょっと心こころさびしく感かんじましたが、それはほんの一瞬間しゅんかんのことでございました。私わたくしは斯こんな場合ばあいにいつも肌はだから離はなさぬ、例れいの母ははの紀念かたみの懐剣かいけんを、しっかりと帯おびの間あいだにさし直なおして、急いそいで砂丘すなやまを降おりて、お爺じいさんから教おしえられた通とおり、あの竜宮街道りゅうぐうかいどうを真直まっすぐに進すすんだのでした。

 その後ごも私わたくしは幾度いくどとなくこの竜宮街道りゅうぐうかいどうを通とおりましたが、何度なんど通とおって見みても心地ごこちのよいのはこの街道かいどうなのでございます。それは天然てんねんの白砂はくさをば何なにかで程ほどよく固かためたと言いったような、踏ふみ心地ここちで、足触あしざわりの良よさと申もうしたら比類たぐいがありませぬ。そして何所どこに一点てんの塵ちりとてもなく、又また道みちの両側りょうがわに程ほどよく配合あしらった大小だいしょうさまざまの植込うえこみも、実じつに何なんとも申上もうしあげかねるほど奇麗きれいに出来できて居おり、とても現世げんせではこんな素晴すばらしい道路どうろ

は見みられませぬ。その街道かいどうが何どの位くらい続つづいているかとお訊たずねですか……さァどれ位くらいの道程みちのりかは、ちょっと見当けんとうがつきかねますが、よほど遠とおいこと丈だけは確たしかでございます。街道かいどうの入口いりぐちの辺あたりから前方ぜんぽうを眺ながめても、霞かすみが一帯たいにかかっていて、何なにも眼めに入いりませぬが、しばらく過すぎると有あるか無なきかのように、薄うっすりと山やまの影かげらしいものが現あらわれ、それから又またしばらく過すぎると、何なにやらほんのりと丹塗にぬりの門もんらしいものが眼めに映うつります。その辺へんからでも竜宮りゅうぐうの御殿ごてんまではまだ半里位はんみちくらいはたっぷりあるのでございます……。何分なにぶん絵心えごころも何なにも持もち合あわせない私わたくしの力ちからでは、何なんのとりとめたお話はなしもできないのが、大たいへんに残念ざんねんでございます。あの美うつくしい道中どうちゅうの眺ながめの、せめて十分ぶんの一なりとも皆様みなさまにお伝つたえしたいのでございますが……。


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白鵬と日馬富士の誕生日に東日本大震災と熊本地震が起きたことについて


白鵬と日馬富士の誕生日に東日本大震災と熊本地震が起きたことについて
http://okadasa.blog.fc2.com/blog-entry-19.html(自分のブログで載せたものの一部抜粋)

白鵬の誕生日    3月11日 2011年東日本大震災
日馬富士の誕生日 4月14日 2016年熊本地震
鶴竜の誕生日    8月10日 大きい地震をしてくるということですか

白鵬が横綱に昇進してから4年後の白鵬の誕生日に東日本大震災が起きました。日馬富士も横綱に昇進して4年後の日馬富士の誕生日に熊本地震が発生しました。ということは鶴竜の横綱昇進が2014年ですから
2018年8月10日にとても大きい地震が来るということになります。

2018年8月10日の大地震の震源は2018年8月8日に揺れた場所です。
2011年3月9日に3月9日 三陸沖で地震 - Mj 7.3が発生して2日後に東日本大震災が発生して
熊本地震も2016年4月14日に地震で2日後の4月16日に本震が発生しています。
それぞれ白鵬と日馬富士が横綱に昇進してから4年後のそれぞれの誕生日に地震なので鶴竜も2018年
8月10日に大地震が来ると何度も書きましたが二人が2日後に本震が起きていて、しかも震源はほとんど同じ場所なので2018年8月8日に前震が起きて2日後の8月10日に本震が起きるというのが分かります。だから震源は2018年8月8日に揺れた場所ということになります。

ちなみに今年2016年8月8日に天皇陛下が生前退位についてのお気持ちをビデオメッセージで述べられるとのことなのでその2年後なので危ないですね。

ただ2018年8月8日に分かるのでは遅いので今のうちに震源がどこかを考察しております。でも難しいのですよね。分かる人がいたら教えてください。

白鵬の時の地震が起きた場所は宮城県沖でした。白鵬は宮城野部屋の力士です。だから部屋の名前が震源でした。でも日馬富士の場合は違いました。伊勢ケ浜部屋ですが部屋名が震源にはなりませんでした。鶴竜は井筒部屋なのですが。

横綱と大地震の関係について

5月26日
1963年 - 横綱・大鵬が大相撲史上初の6場所連続優勝。
1983年 - 日本海中部地震発生。M7.7(上の横綱大鵬の6場所連続優勝から20年後の同じ日)
2003年 - 三陸南地震発生。M7・1(二つ上の大鵬の6場所連続優勝から40年後の同じ日)

これは偶然ではなくイルミナティが人工地震をやってますね。

今年2016年だと7月31日に千代の富士が亡くなられましたがその翌日の8月1日に8月1日の夕方、17時09分頃、関東地方を震源とするM9.1、最大震度7という、震災レベルの緊急地震速報が気象庁より発表されました。実際に地震が起きたわけではないですがね。
これで思うのですが2018年8月10日の人工地震は千葉が震源になるかもしれません。8月1日の1に0を加えて8月10日の
2年後だからです。

千代の富士は北海道松前郡福島町出身なのですが福島が出てきます。311も福島で・・。やっぱりそういうことなのですかね。

相撲の2人の横綱の誕生日に巨大地震が発生しました。そのため鶴竜の誕生日にも巨大人工地震が発生しますhttp://okadasa.blog.fc2.com/blog-entry-19.html

2018年8月10日に巨大人工地震に注意
http://okadasa.blog.fc2.com/blog-entry-23.htmlhttp://okadasa.blog.fc2.com/blog-entry-23.html

原爆地上起爆説は嘘でありデマです

佐野千遥先生のブログより転載 
広島長崎原爆湯川作成日本人地上起爆説は全くの嘘偽り!露科学科学院スミルノフ物理学派Dr佐野千遥http://ameblo.jp/allahakbar231/entry-12195796670.html#cbox

(転載開始)

広島長崎原爆湯川作成日本人地上起爆説は全くの嘘偽り!露科学科学院スミルノフ物理学派Dr佐野千遥

ロシア科学アカデミー・スミルノフ物理学派数理物理学最高権威者、闇の権力を無くす会会長:Dr佐野千遥

ファンの方からの御質問と強い御要望が御座いましたので、“広島長崎の原爆は日本の湯川秀樹が作成し、日本人が(天皇の命令により)地上起爆させた!”とする説を以下に完膚なきまで体系的に批判し尽くします。

“広島、長崎の原爆は日本製だ!”そして更には“それを爆発させたのは天皇だ!”と主張する人達が居る事は事実です。

物理学者として、而も体制維持の側に立たない物理学者として、結論から言いますが、これは全くの事実無根のデマです。

戦前戦中に日本の最先端の理論物理学者の京都大学の仁科博士と湯川秀樹博士とが原爆を研究開発していた事は事実であり彼等は核物理学について世界の物理学会に原子核について論文を発表していた事も事実であり、彼等がゴビ砂漠で原爆の爆破実験をしようとしていた事も事実です。しかし彼等が創った原爆は爆発力が全く不十分であった事も事実で、終戦の最後の時点で彼等の原爆の最後のバージョンを1個造ってありましたがこれが兵器として十分強力な爆発をするかどうかの実験は出来ず仕舞いになっていたのであり、又それは図体が余りに大き過ぎて日本の当時の飛行機では運びようが無かったからである事も事実です。

アメリカの原爆開発のマンハッタン計画とは実際に存在した計画で有り、貴方が言及している“広島・長崎の原爆は日本人が造って日本人が地上起爆で爆発させた!”なる事をさも実しやかに宣伝している人達は先ず、マンハッタン計画が存在しなかった事を論証すべきであり、そしてそれ以前に私が前段落で述べた実情にも拘らず、何故その日本人達が強力な核爆発をする核爆弾を爆発させる事が出来たのか論証すべきであり、而も日本は原爆らしきものを1つしか造ってなかったのに何故広島と長崎の2個の原爆が炸裂したのか、この“珍説”主張者達は説明する義務が有ります。

実際、終戦時に日本に投下された原爆は全部で実は3個有りました。これは旧ソ連軍によってもconfirmされている見解です。

マンハッタン計画で創り出した広島、長崎に投下した2つの原爆の他に、ナチス・ドイツが敗北した時に米軍がナチスの軍事研究所から持ち出したナチスの原爆が3個目の原爆として日本に投下されましたが、これは不発に終わり、終戦直前の日本軍がそれを回収してソ連軍に渡してあります。旧ソ連が第2次大戦終結直後に原爆実験を行えたのは、この日本軍から渡されたナチスの原爆を直ちに解体して研究し、ソ連の原爆を開発した為であります。

よって物理学者として申し上げますが、“広島、長崎の原爆は日本製だ!”そして更には“それを爆発させたのは天皇だ!”との主張は全くの事実無根のデマ宣伝であります。

更にこの見解は実際に日本に原爆を落としたアメリカ帝国主義を免罪するための悪辣な陰謀・謀略で有り、アメリカ帝国主義と更には反日の中国共産党社会帝国主義が日本人を大混乱に陥らせる為に、意図的に捏造した嘘出鱈目であります。

以上
(転載終了)

佐野千遥先生のブログより転載 http://ameblo.jp/allahakbar231/entry-12195796670.html#cbox

レインの意見

原爆地上起爆だとクレーターが出来るはず。このことからも地上起爆説は嘘だということが分かります。
このブログも分かりやすいです。
なんでも日本が悪い?原爆地上起爆説の黒い嘘 http://blog.goo.ne.jp/beingtt/e/ecd4886cdbdc0a2ab1ba6bb9d1b34805

佐野先生が言うように原爆地上起爆説はとんでもない嘘です。だからwantonブログは工作員ブログです。この原爆地上起爆説を
支持している連中も工作員です。あとwantonブログによくコメントしている連中も工作員が多いです。名前を出してもいいですが
wantonのミスリード記事を支持している連中がそうだから分かると思います。あとwantonは仕事もしないでどうやって生活しているのでしょうか。メルマガもやっているようですがそれより記事を書いて報酬をもらっていると思います。あとwantonブログの下の「ブログの説明を入力します」っていつまで載せているつもりでしょうか。素人じゃあるまいし。

あとwantonブログの記事を載せます。
「原爆を造らなければ良かった」と
言い残して死んだある日本人技術者http://ameblo.jp/64152966/entry-12164817035.html

あと千早さんのブログの記事も載せます。この千早さんのことをwantonは工作員だといっていますが違うと思います。wantonこそが工作員です。

カレイドに続き、やっぱり!怪しかった「wantonのブログ」は邪悪な在日か?〜奴等にいいように利用されてた日本人は恥を知れ!!&昭和天皇発言の真相は http://insidejobjp.blogspot.jp/2016/05/wanton.html

プロフィール

レイン

Author:レイン
「相撲の2人の横綱の誕生日に巨大地震が発生しました。そのため鶴竜の誕生日にも巨大人工地震が発生します」http://okadasa.blog.fc2.com/blog-entry-19.html

2018年8月10日に巨大人工地震に注意
http://okadasa.blog.fc2.com/blog-entry-23.html

2016年11月8日直前にに中共HAARPが引き起こす西日本超巨大大震災は大分・宮崎を震源地とし、西日本全域を襲い壊滅状態に落し込める
http://okadasa.blog.fc2.com/blog-category-11.html

転載したい人がいたらご自由にどうぞ。

コメントのとこで掲示板代わりに使ってもOKです。連投も可。

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